ある晩、夫と育児についての話し合いをした。
お夕飯時、コタが私のヨーグルトを取った。
そういう時、私は「お母ちゃん、そういう意地悪なことする人とは、もう遊べないよ」と言う。
そういうと、コタは泣き出し、ヨーグルトを返してくれる。
私はこのやり方を多用していた。
しかし夫から、その言い方だとお母ちゃんと遊べない恐怖で言うことを聞く、つまり『恐怖政治』ではないか、と指摘があった。
ムッとして「じゃあ、こういう時うまおはどうするの?」と聞くと、
夫は「人のものを取ったらだめだよ」と、こんこんと言い聞かせる、と言った。
「時間がかかるし、根気もいるが、コタはちゃんと分かってくれる。」
まず、いけないということをしっかり伝える。
それで全然聞かなかったら、アプローチを変える。
例えば「じゃあコタがヨーグルトを持っていていいから、そのスプーンでお母ちゃんに食べさせて」と声掛けする、や、他の食材を見せてヨーグルトから気をそらす、など。
そうして切り替えをさせ、聞きやすい状況(気持ち)をつくる。
「コタに『いけないことだ』と理解させることが大切」と、夫は得意げに鼻を膨らませた。
確かに。
どや顔はむかつくけれど、夫の言うことは正しい。
私のやり方だと、確かにコタはヨーグルトを返してくれる。
しかし、本当の意味で、人のものを取ってはいけないということを理解していないかもしれない。
コタの小さな世界からしたら、私と遊べなくなるのは恐怖。
お母ちゃんに嫌われるのが怖いから。
だからヨーグルト返す。
だからお母ちゃん、怒らないで。
…と言うことか。
言い聞かせるのは大変。
でもそこをサボっちゃだめだよね。
声掛けやタイミングの工夫はできると思う。
ある日、コタが私の眼鏡を触るのをいくら注意してもやめなかったとき、膝にのせてゆらゆらする遊びに誘ったら、眼鏡を触ることをやめたことがあった。
その眼鏡への執着が切れたタイミングで、「眼鏡はお母ちゃんの大事だから、触らないで欲しいな」と言ったらどうか?
しつこく注意するより、気持ちに入りやすいだろう。
うん。やってみよう。
また夫は、私の「もう遊べないよ」の声掛けは、コタがお友達のおもちゃを奪ったときなどに、私が「そんな意地悪したら、○○ちゃんもうコタと遊びたくなくなっちゃうよ」などと使うならいいのでは、と提案した。
確かに、それなら恐怖政治にはならなそう。
うん。これから気を付けよう。
うまお、指摘してくれてありがとう。
まだ鼻膨らんでるぞ。
以上、良い話し合いでした。