2021年4月
入園式前の保育園見学に行った日のお夕飯時、夫に加配の先生の印象を話した。
「優しそうな先生だった」と私が好印象を持ったことを伝えると、夫も安心した様子だった。
そして、「やるべきことは全てやったから、あとはもう先生達に任せるしかないね」と話した。
話が一段落した後、
私が何気なく「加配の先生、(コタの世話)大変だろうな…」と呟いたら、
夫は「いや、楽しいやろ」と言った。
もちろん私もコタと遊ぶのは楽しいが、それ以上に大変さの方を先に思う。
考え方の違いだな、と思った。
この違いは埋まらないし、埋める必要も無いと思うが、
時々、この気持ちを分かり合える人と「そうだよね~、大変だよね~」と愚痴ってみたくなる。
療育ではそういう保護者の方には会えなかった。
先生たちもとても優しかったが、なんか違う。
本心は言えない。
何故なら、前向きでいなければいけないから。
「前向きなお母さん=良いお母さん」というプレッシャーがあった。
出産時の事故とか、
ちゃんと産んであげられなかった罪悪感とか、
療育が苦しくてたまらなかったとか、
子どもの特性に嫌悪を抱いてしまったことへの罪悪感とか、
きっと、
私と同じ気持ちを持っている人、
コタと同じような特性の子どもを持っている人、
私と同じような経験をした人以外は、分からない。
この頃の私は、
こうやって周りに壁を作って、どんどん良くない方へ向かっていた。